およそ悩みという心理現象くらい人生を暗くするものはない。
したがって、人生に対する哲学的最高理想からいうと、この心理現象は、人類に対してはむしろなくてよいものだと言いたい。
否、反対に、人間である以上は、何かしら悩みを心にもっているのが当然だと思い決めている。中には、悩みを持たぬ人間なんていうものは、人並みの人間ではなく、極度に神経の鈍い愚か者か、さもなくば、何の不自由も不満も感じない恵まれきった人生に生きている幸福な人か、完全に人生を悟っているという、極めて希有な優れた人だけのことで、普通の人間である限りは、断然そんな「悩み」のない人間などというものは、この世にあろうはずのないことだと、思いこんでいる人さえある。
しかしあえていう。もしもそうした考え方が、正しい真理だとするなら、およそ人生くらいみじめなものはないといわねばならない。人間の心は、真理に合致して積極的であり得るならば、「悩み」という人生を暗くするような消極的な真理現象は、その意識領域の中に絶対に発生しないという価値高いものが、自己の生命の中にあるということを、正しく認めていないからである。